<十六夜>

開け放った窓の向こうに月が見えた。
十六夜。満月の次の月。
「いざよい」と呼ぶのだと、幼い頃母に教えてもらったことを思い出す。
あの頃は母に手を引かれ見上げた月を、
今は褥の中で男の肩に寄り添いながら見ている。
「摂津さま?」
「ん?」
男はこちらも見ずに言う。
「お月さん。綺麗だと思いません?」
「……ああ、そうだな」
投げやりに言う彼の目に月は映っていない。
先程から頭の下で腕を組み、ぼんやりと天井と褥の間の空気を眺めているだけだ。
「無粋なお方」
横目で軽く睨む。
「ただでさえ考えることがお得意ではないのですから、
あまりお悩みになられると若いうちに禿げてしまいますわよ」
男はこちらを向いて、眉根に皺を寄せた。
「お前なァ、客はもっと丁寧に扱えよ」
「あら。ウチではお金を払わない御方をお客とは呼びませんのよ」
くすくす笑うと、男はあきらめたように溜息をついた。
「オメェは昔っから全然変わんねぇな」
「貴方こそ。そのバカなりに考え過ぎなところ、ちっとも変わっていらっしゃいませんわ」
「……可愛くねェ女」
言うと、私の肩を強引に引き寄せ、乱暴にくちびるを重ねた。
「ん……っ」
奪い取るような長いくちづけの合間、
ときおり洩れる荒い息が、まるで泣いているように聞こえた。
――正雪
まだ私達が幼かった頃。
誰もいない道場の隅で、ひとり涙を拭っていた後ろ姿が見えた気がした。
私がここに売られる前の、むかしむかしのこと。
――本当に、仕方の無いお方。
私は、男の広い背中に手を回し、そっと抱きしめた。

<end>